首里城                      

 2000円札のデザインや沖縄サミットの晩餐会で使われたことでも有名な首里城は、琉球王国時代のシンボルとして現在も多くの観光客に親しまれています。2000年12月2日には琉球王国のズスク(城)及び関連遺産群が世界遺産に登録されました。しかし、1945年沖縄戦により首里城は壊滅していました。現在の首里城はその後、復元されたものです。それ以前にも三度ほど首里城は焼失していたことが、記録として残っています。1992年、沖縄の本土復帰20周年にあたるこの年に復元、47年ぶりに甦りました。現在の首里城を復元するにあたり、中国の建造物を視察し、地元の聞き込み調査をすることにより、より忠実に復元される努力がなされました。その努力の結晶が今の首里城の美しさをいっそう深いものしているといえます。

 首里城にはいくつかの門がありますが、一番有名なものは守礼門です。この門が2000円札のデザインになっています。赤い朱塗りの美しい門で、ところどころに中国の文化が影響したことが伺えます。その次に園比屋御嶽石門(そのひゃんうたき)という石の門を見学し、歓会門(かんかいもん)という首里城の正門をくぐり進んでいきます。この門は守礼門とは異なり、下部が石、上部が色づけされていない木でできています。次の瑞泉門(ずいせんもん)では、両側にある石獅子に迎えられ、門を通ります。門の上の櫓に水槽を設置し、水が漏れる量で時間を計ったといわれている漏刻門(ろうこくもん)、全体が朱塗りの木造の広福門(こうふくもん)、奉神門(ほうしんもん)を通ると、中庭に出て、目前に首里城正殿の凛とした佇まいが現れます。これらの門一つ一つに役割や建てられた理由があります。正殿も含め、それらを予習してから見るとより深く見学できるでしょう。

首里城の展示順路に沿って、番所(ばんどころ)、南殿から紹介していきましょう。番所は首里城へ登城してきた人々の取次を行いました。南殿は年間を通して行催事等が行われ、薩摩藩の接待所としても用いられていました。現在の南殿・番所の内部は展示室として活用されており、王朝時代に制作された漆器、絵画等の美術工芸品を中心に風俗画、歴代国王肖像画(御後絵)などの写真パネルが展示されています。続いて正殿に渡り、正殿内部が見学できます。首里城正殿は琉球王国最大の建造物で、「国殿」「百浦添御殿」ともよばれ、文宇通り全琉球国百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物でした。正殿を二層三階建てとすることや正面の八の字型の階段や龍柱は、日本のみならず中国や朝鮮半島諸国にも類例がなく、琉球独自の形式といってよいでしよう。正殿内部では華やかな室内を見学するとともに、首里城再現の際にどのような工夫や努力がなされたかを映像で紹介しているコーナーもありました。また、順路の最後には沖縄サミットでの首里城の様子などが写真を中心に紹介されており、各国の当時の首相のサインがありました。

 高校の歴史では沖縄の歴史について、あまり深く学んだ経験のない私は、長い琉球時代の変遷を知ることができ、本土にはない、琉球文化の美しさや華やかさを体験することができました。沖縄へお越しの際はぜひ首里城を見学されることをお勧めします。