山口紹介 その1

萩焼き Oさん
 萩焼は、16世紀末、豊臣秀吉による、「文禄・慶弔の役」において、出陣した大名たちが連れ帰った商戦の陶工によって始められたことをその起源とします。
萩焼には「大道土(カオリン質の土の一種で、石英質の石楽を多く含みます。単独では粘りが強すぎて土質調整用として、萩市近郊の金峰土を加えます。これが元土となります。)」が使われていますが、藩政時代には、御用窯以外は大道土の使用は禁じられていて、御用窯でも茶碗しかこの土の使用を認められなかったというほど基調でした。
萩焼の土は昔から、大道土を基本に何種類かの地元の土を混ぜて作られてきました。大道土のほかには金峰土、見島土があります。
萩焼は浸透性の強い土を使うのと比較的低温で焼くため吸水性があり、瀬戸物などに比べて柔らかな焼き物です。
萩焼の土は耐火度が1700℃以上といわれ、1200℃前後の本焼温度ではさほど焼き締まりませんが、それが土の風合いを多く残すことになり、柔らかい土味と吸湿性を保ち、使うにつれて茶渋によって、器の色が微妙に変化していきます。これを「萩の七化け」といいます。また萩焼の特徴の一つには「貫入」があります(萩焼のすべてが貫入のものとは限りません)。この貫入というのは、萩焼をはじめ陶器にはよく見受けられる釉表面にあるヒビのことです。このヒビは窯だし後の冷却の際、素地と釉地と釉薬の膨張率と縮差の違いによっておこります。日本ではこうしたヒビは欠点とは見なされず、一種の模様としてその焼物を特徴付ける個性にもなります。萩焼の柔らかさは、雰囲気だけでなく、実際の手触りや口当たりにも感じられます。また、熱伝導率が低いので保温性が高く、暑いお茶などを入れても器自体まで熱くなりすぎないといったことも特徴として挙げられます。古来茶人の間で『一楽、二萩、三唐津』と称されたのも、萩焼が茶道の真髄である「侘び・さび」の心根を最も具現化した作品のひとつであり、他の陶磁器の追随を許さず海内最高の評価を博しています。

 

禅師かっぱそば Kさん
 私にとって、旅行の楽しみといえば、その土地の崇敬や特徴ある場所に行き、普段とは違う経験をすることです。もちろん、その土地のおいしい・珍しい食べ物をためることも欠かせません!そんなわけで、今回私が秋芳(秋吉)の地で是非食べてみたいと思っていたのは、禅師かっぱそばでした。
 禅師かっぱそばは、わさびを練りこんだ麺の上に玉子焼き(錦糸玉子)・きゅうり・味付け海苔・味付けしていた豚肉(牛肉だったかもしれない・・・)をそれぞれ細かく切ったものを彩りよく並べ、鉄板で焼いたものです。緑の麺の冷やし中華をステーキ用の鉄板で(暑くてジュージューしています!!)で焼いたものとご想像下さい。それをざるそばのつゆにレモン・ねぎ・わさびの薬味を入れて頂きます。
 麺自体は予め油で炒めてある様で、少しこってりしていましたが、つゆのレモンがそれを全く感じさせず、わさびも利いていて、意外とあっさりしていました。また、お肉や玉子がのっているので、ボリュームもあり、海苔やお肉の味、きゅうりのさっぱり感で味に変化がつけられ、飽きることなく食べ進むことが出来ます。あっさりだけど、しっかりとした満腹感が得られる不思議な食べ物でした。
 禅師かっぱそばは、秋吉台バスセンター近くにある名物屋で頂くことが出来ます。秋吉(秋芳)の地に訪れた際は、是非お試し下さい。

 

長門峡 Hくん
 我々は山口県の長門峡というところに行こうと考え付いた。長門峡とは、山口県の中ほどにある「21世紀も残したい日本の自然100選」にも選ばれているようで春夏秋冬四季折々様々な姿を見せてくれるらしい。詩人中原中也の詩碑「冬の長門峡」から最奥の竜宮淵まで5.3qの快適なハイキングコースで、すばらしい自然に囲まれての散策は都会の喧騒から離れ、心身ともにリフレッシュするには良い場所といわざるを得ない。さて、そんなステキスポットに行かないわけにはいかない我々「旅研ステキ研究会」の面々は小郡(現新山口)からJR山口線に乗り、電車に揺られること一時間あまり・・・我々は道の駅長門峡へとたどり着いた。無人駅・・・しかし看板には「うゃきんもうゃち」の謎の文字が・・・ここであってるのか?と一抹の不安にとらわれた我々「旅研ステキ研究会」だが、意を決して外に出てみると道を挟んですぐのところに長門峡の入り口が、早速我々は長門峡という名の大自然へ足を踏み入れたのであった。長門峡内部の感想などは割愛いたしますがご了承下さい。

その2を読んでみる?
旅風船のメニューに戻る
トップに戻る